政治家の行動原理
突然ですが皆さんは政治家がどのような行動原理で動いているかご存じでしょうか。信念?奉仕の精神?愛国心?…いえ、それに先だった強烈な行動原理、「保身」です。まさか…と思われる方もあれば、さもありなん嘆かわしいと思われる方もいらっしゃるでしょう。ただこれは人間の基本的欲求に基づいたものであり、人間だれしもが持ち合わせているもので、決してそれを責めてはいけません。「保身」はマズローの欲求5段階の底辺に位置する生存本能に関わるものなのです。

独裁国と民主主義国では
でも政治家といってもいろいろでしょ?と思った方もおられると思います。国が変われば政体も変わります。なら政治家も…って思いますよね。ところが独裁国家と民主主義国家の政治家、どちらも同じ行動原理すなわち「保身」のために動いています。以下、「保身」を「権力基盤の維持」と言い換えて解説していきます。
独裁国家の政治家、以下独裁者とします。独裁者が権力基盤の維持ためすることとは何でしょうか?それは軍そして警察を押さえることです。場合によってはマスコミや有力者(宗教団体や大企業)もですね。なぜかというと独裁者がその権力基盤を維持できなくなる状況といえばクーデターくらいしかないからです(2026年初頭のベネズエラのように外国の介入もですが…)。そのためクーデターを起こしそうな勢力、起こさせないようにするための勢力、この2つのみに注力して政治を行なえばよいのです。
そしてこの構図は民主主義国家の政治家でも同じです。ただ民主主義国家の政治家は選挙によって選ばれる必要があります。つまり「権力基盤の維持」のためには選挙に当選しなければいけませんし、「権力基盤の維持」のため注力する必要のある人は選挙で投票するすべての人ということになります。
この原理でいうと民主主義国家の政治家は国民のために働いてくれるはずですよね。ところがそうはなっていない。察しのいい方はもうお分かりですね。
生殺与奪の権を…
前項で、民主主義国家の政治家が「権力基盤の維持」のため注力する必要のある人は選挙で投票するすべての人と述べましたが、これは選挙権を持つすべての人ではありません。つまり民主主義国家の政治家にとって選挙で投票しない人は、独裁国家における一般国民と同じく、生きようが死のうがどうでもいい人なのです。極端な言い方をしましたが、「権力基盤の維持」のため、という政治家の行動原理に照らせば明確なことなのです。
我が国の投票率は40%台、地方選挙では30%台といったところもあります。こんな状況で政治家は国民のために働いてくれるわけがありません。どんなに失政を繰り返し、国民に損害をあたえ続けても、当選つまり権力基盤を維持できるのであれば、政治家は国民がどんな目に合おうが知ったことではないのです。
政治に参加する党と書いて参政党。私の所属している政党です。政治に参加するとは国民ひとりひとりが、政治に関心を持ち、政治について学び、そして選挙に行き投票するということです。そうすることでしか国はよくなりません。選挙に行かない60%~70%の人は生きようが死のうがどうでもいい人なのでしょうか。違いますよね。すべての国民がこの国で幸せに暮らす権利があります。政治家が「保身」のために動くのは人間の生存欲求に基づくものであり、しかたがないものです。ならば国家国民のためにしっかり働いて、「保身」を図ってもらいましょう。民主主義にはこのような仕掛けがちゃんとあるのです。投票率が100%に近づけば近づくほど、民主主義は正しく機能するのです。








